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東京電力神流川揚水発電所見学記【2003/9/19】

工学院大学教授 畑村 洋太郎

見学日 2003年9月19日 (金)

小生が主宰している"技術の創造研究会"で東京電力神流川発電所の見学に行ってきた.この発電所は東京電力が原子力発電で作った夜間電力を貯めて昼間のピーク時に放出するための"蓄電池"である.蓄電池といえば通常は"ボルタの電池"の発展形である"乾電池"や自動車用の"鉛蓄電池",または"燃料電池"を思い浮かべるだろうが,この蓄電池はまさに水を貯める池そのものを使った本物の蓄電池(いけ)である.
 上部ダムと下部ダムの間に地下発電所を設け,夜間に下部ダムから水を汲み上げて上部ダムに溜めておき,昼間の需要時に上部ダムから下部ダムに水を放水して発電するものである.今回見学した神流川発電所は東京電力最後の揚水発電所(もちろん東電はそんなことは言わないが)で,完成時には6基のポンプ兼発電機を備え,総出力280万キロワットで,我国最大の揚水発電所であるばかりでなく,水力発電所としても我国最大である.なお,中国で建設中の三狭ダムは1800万キロワットでこの発電所の6倍の規模である.たまたま三狭ダムの所長が数日後に見学に来るとのことであった.
 見学当日では上越新幹線高崎駅からなんと車で2時間もかけて,工事事務所に到着したのち,群馬県側にある下部ダム,地下発電所,圧力管溶接工場を見学,その後長野県側にある上部ダムなど全施設を見学した.
 それぞれの施設や設備の説明は別途話すことにして,ここでは終日同行し,案内・説明・議論をして頂いた角江俊明所長とのやりとりの中から印象に残るもののいくつかを記してみたい.
 ダムの構造は大別すると"アースダム"(今回見学の上部ダム)・"アーチダム"・"重力コンクリートダム"(今回見学の下部ダム)の3つがあり,後のもの程コストがかかる.ダムを作る材料は現地調達が基本で,他所から持ってくるものが多い程高いといわれている.今回下部ダムが重力コンクリートダムになったのは適当な土と岩がとれないことと,アーチダムの反力を支持する適当な岩盤がなかったためである.ダムの形がV字形でアーチのように見えるが,これはダムの中央部に尾根の末端の岩があるので左岸と岩,岩と右岸とをまたぐ2つのダムが1つになっているためとのことであった.形だけを見てアーチダムなどと早とちりしてはならないと思った.上部ダムはアースダムで作ることができたが,止水壁の材料を混合でうまく作り出したことによるそうで,とてもおもしろいと思った.

 下部ダムでおもしろかったのは熱変形とコンクリートの振動充填である.
 コンクリートで作ったダム(重力ダム)も水を溜め始めると変形が起こる.ダムの下部は下流側に,上部は反対に上流側に移動する.要するに後ろのめりに倒れ込む.水を溜めるにつれて上部は下流方向に動き,つまり前のめりに起き直し,ついに下流側に倒れる変形となる.下部の最大移動量は3〜5㎜,上部の最終の倒れ量は10〜15㎜(数値はうろ覚えだったので後で角江所長に確認したもの)だそうである.ここまでは誰でも納得するし,自分でもそのような推測はできそうであるが,とてもおもしろかったのは熱膨張による変形だ.太陽光の加熱による日較差か,それともその積分による数十日または月単位の変形かは知らないが,陽の射す方に最大で10mmくらい突き出る(上部ダムの正面は東向き)変形をするという.こんなことは聞くまで全く考えないことだった.
 建築屋のコンクリートは「シャブシャブ」,土木屋のそれは「パサパサ」とは知っていたが,その「パサパサ」をしつこく振動ローラーで締め固めてダムを作った由.切り抜いた円柱形のサンプルを見ると建築で見慣れた「ガサガサ」ではなく,大径の砂利の間を砂ともセメントとも見分けのつかない物質が細密につまった構造になっていた.これこそ「岩」だと思った.これ程まで密につめるには「パサパサ」に振動を加えて表面に水が浮いてくるまで砂利と砂やセメントを振動で「叩いた」に違いないが,よくこれだけ信頼度の高い施工ができるものと感心した.そういえば今年始めに見学した第二東名富士川アーチ橋の鉄筋の密さとその間に差し込んだ棒状振動体(バイブレータ)によるコンクリート充填の実物大試験でも,よくぞここまでしつこくやったものだと感じたことを思い出した.やはり土木屋に最も求められる資質は「しつこさ」,よくいえば「粘り」もっとかっこよくいえば「愚直な努力」ということか.

 地下発電でおもしろかったのは,日本の中央部でのフォッサマグナの地図と土木屋の暗黙知(スプーン状の地すべりとアーチ工事単位)である. 
小生,今年は「フォッサマグナ(日本の大地溝帯)」についている.1月にはその南端の第二東名富士川アーチ橋と国内最大の自動車トンネル工事を見学し,6月には北端の立山カルデラ砂防ダムを見学した.前者では土木技術の先端を,後者では国土保全に汗を流す技術屋魂を見た気がする.それにしても立山で見たフォッサマグナの「崩れ」のおそろしさは何ともことばで表し難い.ところが地下発電の展示資料に最近では「フォッサマグナ」は富士川と糸魚川を結ぶ狭い地溝帯を指すのではく,関東平野から新潟県までを含む広い領域を指し,その中でこの揚水発電所の位置する部分だけが例外的に強固な岩でできている,言い換えれば広い崩れの海の中に「ポッカリ」と浮いた島のように神流川揚水発電所がある,という趣旨のことが書いてあった.本当かなと思うのと同時に40年以上前に学んだ地学の知識ではカビが生え,時代遅れなのかなと思った.

 土木屋には土木屋特有の暗黙知がある.当人達は意識せず,黙ってその考えに従って物を考えているが,その内容は数十年の歴史と学問として立派に確立されてきた知識に裏打ちされたものであったり,現在の物作りに共通する経済的知識であったりする.
 揚水発電所の大空洞の掘った穴が壊れないからには,空洞周辺の岩石がどこかで,本来なら空洞部分にあった岩石が支えている地山(ぢやま)の重さを支えているはずである.これが「アーチ作用」である.土木屋の頭の中には地山の断面図があり,そこには上の地山の重さが生み出す上下の「力線群」が空洞の上で左右に分かれ,空洞側部の岩石の中を下に流れ,下部の岩石の中に流れおりる「力線図」が描かれている.この力線群が空洞のまわりに滑らかに,そして均等に分布しているのに加え,岩石が本来持っている強さをさらに強いものにするために,アンカー(15mくらいのもの3000本)を使い,力のかかる方向と直角の方向から岩石を締め上げている.この強化のメカニズムはコンクリート力学(岩石力学と同じ)の基本をなし,阪神大震災後のコンクリート補強工事の考えそのものである.それなのに空洞周囲の地山の中の力線分布とそれに応じた卵型をした仮想アーチの図はほとんど見たことがない.
 ダムの断面図はきちんと描けていてよく分かる.しかし壊れるとしたらどんな壊れ方をするのかの仮想演習の図は見たことがない.もしかするとダムの立案者と総設計責任者の頭の中にはあったかもしれないが,実際に描かれた図はなかったのかもしれない.ここまで仮想演習をやったという図と説明があったら周囲の者も工事関係者もどんなにか納得し,立体的な理解のもとに活動ができるだろうと思った.
 山崩れの崩れ面はどこも共通していて「スプーン状」になっている.土質力学が成立する過程では,この形状を常に意識しながら理論の構築が行われたのであろうが,いったん出来上がるとその理屈に従って計算したり,説明したりするだけなので,素人には何のことやらさっぱり分からない.たぶん「山崩れ」=「地中のすべり」そして「すべり面」はまっすぐな平面ではなく,取っ手を斜めに置いたスプーン状になるというイメージを持っている人は土木技術者でもそう多くはないのではないか.特に現場経験が少なくシミュレーションと表面的知識に陥りがちな若い技術者には,このことが当てはまるのではないかと思った.そういえば立山カルデラの大トンビ・小トンビの崩れは言うに及ばず,集中豪雨による山崩れ,関東大震災時に崩れたといわれる丹沢山系の連続した山崩れ群(小田原線の車窓に見える丹沢の山は爪で引っ掻いたような白い縦のシマがずっと続いている)など,皆同じ形をしている.
 工事単価についてもおもしろい暗黙知がある.地下発電所の空洞の大きさをざっと50万m3とし,その空洞を作る費用を200億円とすると単位体積当たりの単価は4万円/m3になる.東京都心に建っている超高層ビル(250mh憙0m憙0m)の工事費を800億円とすると単位体積当たり5万円/m3,昨年秋に火災を起こしたダイヤモンドプリンセス号(290m慓0m慟0m,400億円)だと6万円/m3になる.トンネル・超高層ビル・大型客船と分野も種類も全く違うのに人間に有用な空間を作るための現在のコストが1m3当たり,約5万円になることはとてもおもしろい.試みに木造住宅の建築費と試算してみると,坪当たり60万円で天井高さを2.4mとすると60・・.3慥.4)=7.5万円/m3となり,驚くことにこれもほぼ同じなる.
 ちなみに,後日,原子力発電所に永く携わってきた人にこの話をしたところ,原子力発電関係の建物の建設では,計画者は皆5万円/m3で考えているとのことであった.総計画者が面積だけでなく立体で考え,そのコストが皆同額であることはいったい何を意味するのだろうか.たとえその答えが精密にできないにしても分野を超えた共通知識があることは素直に認め,それに則って物を考えることがいかに有効なことか.
 これに関連してもう1つ裏の暗黙知があるように見える.それは作るときの1/10は後始末というものだ.ビルを作ってもそれを取り壊してもとの更地に戻すには建築費の1/10くらいかかるような気がする.作る時の費用だけで立案するのは愚かで,必ずその1/10を後始末の費用として初めから考えろということか.そういえばリサイクル法が施行され,パソコン1台でも3000円(ブラウン管式テレビでは5000円)を予めデポジットすることが義務付けられたそうな.そうか,社会は既に後始末の費用を折り込むように動いている訳だ.

 上部ダムでおもしろかったのは,トンネルの扉,止水壁作りのための土の混合,ダム表面の石積4年の話,などである.
 下部ダムから上部ダムに移動する途中で群馬県から長野県に県境を越えるトンネルを通った.昨年暮れにここを通ったときには入口に扉がついていたのに今回はその扉が撤去されていた.もともと地下水の凍結防止用に作ったものなので撤去したとのことだった.以前に上部ダムを施工した前田建設工業の前田又兵衛氏の"物作り・人作り・夢作り"という本の中で,かつて17名の人が亡くなった大清水トンネルの火災は,もしトンネルの出入り口に扉が設けられていたら防げたかもしれない旨のことが書いてあったのを思い出し,複雑な思いがした.車が出入りするごとに開閉する必要はないが,せっかく作ったものなら撤去しないで非常時に閉じることができるようにしたらいいのではないかと思った.そういえば日本坂トンネルのような自動車用の長大トンネルにはこのような扉か降下シャッターのようなものを考えておく必要があるのではないか.


 アースダムの基本構造は水を溜めるための土でできた止水壁を土盛りして作り,その両斜面に岩を積み上げて押さえる構造になっており,水をためる上流側は岩の隙間は水で満たされるが,下流側の隙間は空気で満たされている.アースダムの建設ではすべての材料を現地調達するのが原則であるが,残念ながらそのような適当な土はダム周辺には存在しなかった.そこで知恵を使い,付近で採れる2種類の土を混合し,粒子の分布が目的に適うような土を作ることができないかと考えた.そしてそれをうまく実現する方法を発明し,それに成功したのでこのダムが作られたとのことである.その方法とは「約50cmと25㎝の厚さに交互に2種類の土をしきならし,次にブルドーザで斜めに切り出す」というものである.その考え方と施工の写真を見てすっかり感心してしまった.というのは普通ならミキサーのようなもので撹拌することを考えるが,土量が多ければそんなものでできる訳がないことは分かる.それを"推積した互層を斜めに切る"という空間分布の問題に転換したことがすばらしい.社長賞を取ったとのことだが,さもありなん,と思った.このような考え方は混合の難しい物質,たとえば粘性の高い流体や厳密な混合比の空間分布が求められる物質(火薬や薬など)の混合に応用できる.何ともすばらしいことを知った.いつか自分でやっている"創造工学"の授業で使ってみたいアイディアだ.
  上部ダムの下流側斜面はひとかかえからふたかかえの大きさの白い岩肌の石灰岩が見事に敷き詰めてあった.このダムの建設を請負った前田建設の作業員が4年かけてほぼひとりで敷き詰めていったとのこと.いろいろな芸術作品があるが,ここまでくると石積みも立派な芸術作品だと思った.


以上

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