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サントリー山崎蒸溜所見学印象記【2004/11/26】

畑村創造工学研究所
畑村洋太郎

見学日時 2004年11月26日(金) 晴れ
見学同行者 3名
見学場所 サントリー株式会社山崎蒸溜所
記録 2004年12月3日


 2004年11月26日に大阪府にあるサントリー山崎蒸溜所(京都府との県境)でウィスキーの製造工程,麦芽作り,仕込み,発酵,蒸溜,貯蔵,等を見学した.10時に工場に到着し,前村久技師長の説明の後,10時半〜12時に見学を行った.非常に充実した質疑の後,1960年ものの“山崎”を試飲させていただき,1時に辞去した.2時前に京都駅に着き,昼食に“ひつまぶし”を食べたが,とても美味かった.

A.見学の概要

 今年(2004年)6月に毎日,朝日などの全国紙に週1回(毎日新聞では土曜日夕刊)掲載されるサントリー“山崎”の広告への寄稿依頼を引き受けた.“シングルモルトウィスキー山崎18年”を試飲してその感想を書くのだが,実際に飲んでみてその香りがよいことに驚いた.林洋正君と昔からよく「美味い酒を飲みたいな」と語り合ったことを思い出し,そのことを書いた.広告に寄稿したことでサントリーと縁ができ,ウィスキー製造工場の見学が実現した.

いつかウィスキー作りを見学したいと思っていた.“発酵”に興味があるからだ.“発酵”という観点から,ビール・ワイン・日本酒・ウィスキー・焼酎,などの酒造工程を見学したいと考えていたが,ビール,ワイン(ブルゴーニュで見学)は見学したことがあるので,ウィスキーと日本酒をつくる過程を是非見学してみたかった.そして酒造りの見学が一通り終わったら,次に味噌・醤油・納豆,子どものころから味を覚えている鮎のなれずしなどの“発酵”食品の製造を見学したいと思っている.そしてこれらの見学記を書き溜め,いつか本の形にまとめたいものだと思っている.

B.ウィスキーの製造工程

(a) 製造工程
 ウィスキーの製造工程は麦芽作り,仕込み,発酵,蒸溜,貯蔵そして最後にビン詰めとなる(図1). 麦芽作りの工程では,二条大麦を水に浸し発芽させ,発芽したところで乾燥させて発芽を止め,"麦芽(モルトという,モルトウィスキーのモルトとはこれを指すのだと初めて知った)"を作る.次は仕込みの工程である.この"麦芽"を砕き,温水と混ぜて仕込槽の中に入れ,糖化させて甘い"麦汁"を作る.この"麦汁"は"お粥"そのものである.次の工程は"発酵"である."麦汁"を発酵槽に入れ,酵母を加えて発酵させる.発酵槽は木製の樽で,発酵が進んでいる樽の中を覗くとぶくぶくと泡がたっていた.出来上がったものが"醪(もろみ)"である.この"醪"は,アルコール度約7%である.日本酒などはこれよりはるかに高いアルコール度16−17度になるが,ウィスキーなどはビールに近い7%程度だそうだ.
 この"醪"を蒸溜して出来上がるのが"ニューポット"である."醪"を銅製の単式蒸溜器に入れ蒸溜する.始めに取れる初溜は雑成分が多いため,別の蒸溜器の中に入れ再溜を行う.この第2段階の再溜では,前回の再留の際に取り出した前溜(始めに取れるもの)と後溜(最後に取れるもの)を初溜に加えて蒸溜を行い,中間の香りのよい中溜(本溜液)だけを取り出す.ここで取り出されたものがニューポットで,アルコール度は約70%と非常に高い.このような高いアルコール度のものがあることは知らなかった.昔アルコール度99%のウォッカを飲んだことがあるが,喉が焼けて困った記憶がある.
 仕込みから蒸溜までの製造所要時間は約72時間で非常に短い.このアルコールを樽に入れて熟成させ,色や香りをつけたものが原酒である.さらに熟成した複数の原酒を混ぜて(これを"vatting(ヴァッティング)"という,バッティングとは違う),樽に入れて熟成(後熟)させる.10,12,18,25年,という長い時間寝かせて,ようやく"モルトウィスキー"が出来上がる.そしてビン詰めして出荷する.

(b)製造に使う装置
 ウィスキー作りに使う釜,槽,樽を図2に示す.始めに"仕込槽"を見た.直径約8mの銅製の"仕込槽"には半球状の蓋がかぶさっており,中に粥状の麦汁が入っていた.麦汁をどのように加熱をしているのかはわからなかった※.はっきりと見ていないが,スターラがあったように思う.


※ 後日前村氏に確認したところ,仕込槽では,加熱することはなく,粉砕した麦芽と湯を混ぜ,糖化に適した温度(63.64℃)になるように湯の温度をコントロールしているそうである.
 "発酵槽"(木製,大型の樽状で木製の蓋がかぶせてある)の中に醪(発酵が進んでいる麦芽の粥)が入っていた.
醪はスターラでゆっくり回転していた."発酵槽"は加熱や冷却をしていると思われるが,"発酵槽"の下部にその装置が設置されているのではないかと思う※※.

 ※※発酵槽では温度コントロールはしていないとのことである.発酵中に発酵熱により醪の温度は上昇するが, 最終的に目的とした温度になるように,発酵の最初の温度を決めるのだそうだ.

 次に,写真1は"蒸溜釜"である.銅製で半球状の釜の中に醪を入れ,加熱することによって蒸溜する.パイプは約5〜6mの高さのところから斜めに下降し,室外にある冷却タンクの中では蛇管の形状になっているそうである.そこから出てくるアルコールの度数は約70%ということである.この釜は途中に"こぶ"がある.こぶ無しのものもあるが,こぶ有りとこぶ無しでは,蛇管の中を伝い戻ってくるアルコールの滴り方が違うらしく,その効果が違うそうである.また,この釜は銅製でなければうまくいかないとも聞いた.
 ウィスキーの樽(図3)はバレル型で中心部が太く,両側が細くなっている.また,樽は熟成の際は横置きである.側板(全て柾目の板)を箍(たが)で締め,その両端に鏡板,側板の中心に栓がある.樽の内側は焦がしてあり,これは色と香りをつけるためだそうである.日本酒づくりなどに使用する日本の樽を図3(b)に示す.日本の樽は円錐形で,上下を箍で締め,樽の軸が垂直になるように置く.ウィスキーの樽は運搬の際の便が考えられた形状で,保管場所まで転がしていき,腹の膨らみ部分を支点にクルッと向きを変えることができる.日本の樽の場合は運搬を考えず,酒を仕込んだ場所に静かに置くことだけを考えている.樽の使い方が随分と違うものだ.

 貯蔵庫には樽が何段にも積み重ねてある(写真2).並べた樽の上に木枠を置き,その上にさらに樽が並べてあり,面白かった.次々と樽の上に重さがかかる置き方になっており,樽の両側はみな楔で押さえられていた.下にある樽を取り出すときは,上のものを全部どかして取り出すのだそうである.貯蔵庫は空調をしていないが,一年中室温が16〜20℃前後になっているそうだ.熱容量が大きいから,井戸水の温度と同じことになるのだろう.空調のない室内でも室温が一定に保たれているのだから面白い.ただし,"湿気"が非常に重要だということである.山崎では霧が発生することが多く,"湿気"がウィスキー作りに適しているという."湿気"がないとあっという間にウィスキーが蒸発して,減ってしまうのではないか,と思った. "湿気"は熟成の間の蒸発量を決める一番大事なパラメーラーになっているのではないのだろうか.


C,感じたこと・思ったこと

(a)味
 見学中に,麦芽,もろみ,初溜,再溜をみな味わってみた.麦芽はほんのりと甘みを感じる粉であった.もろみは"どぶろく"そのものであった.酸味とアルコール度の強い不思議なもので,発酵したお粥という感じである.初溜のアルコールはとても飲めるものではない.アルコール度70%ということであるが,美味いなどとはお世辞にもいえるようなものではない.しかしこれを再溜すると今度は味がすっきりしたものになり,強いアルコールという印象を受ける.昔飲んだウォッカにそっくりだ.

見学後に質疑応答をした部屋で,18年ものの山崎を試飲した.とても香りがよく美味い.驚いたことに44年前に仕込んだ1960年もののウィスキーを樽から汲んで試飲させてくれた(写真3,4).これは非常に素晴らしかった.香りといい味といい,このように美味いものがあるのか,と思った.後で述べるが長時間熟成させたものは非常に貴重なものである.このような貴重なものを飲む機会は一生のうちに二度ないのではないかと思った.

b)他の酒との比較
 日本酒と焼酎が1つのジャンルになっている.日本酒や焼酎,特に日本酒の大きな特徴は温度だけで全てをコントロールすることである.また,ウィスキーと違い,熟成は考えられていない.  ワインはPHが低く酸度が高い(酸っぱい)ことと糖分が多いことが特徴である.普通の果物は酸度も低いが,糖度が低くても甘く感じるという説明があった.これは以前に聞いたことがあったが,とても面白いことである. ビールは短期間で製造し,熟成期間をおかずに飲むという特徴がある.

(c)制御パラメータ
 前村技師長の説明の中に,お酒を作るために不可欠な微生物は自由に操ることができず,制御パラメータは"温度"だけだという話があった.特に日本酒ではこれが顕著で,温度の上下だけで発酵をコントロールする.ウィスキーの場合も主な制御パラメータは温度だけであるが,これにPHが加わるところが大きな相違点である.そして酸度が高いこと,すなわち低PHであることが非常に重要だということであった.

(d)時間の効果
  日本酒,焼酎およびビールは製品になると直ぐ飲むことができ,寝かせることはない.ワインは出来上がったものを直ぐ飲むこともできるが,一方で寝かすという概念もあり,ビン詰めが終わり製品の形となってからも,ビンの中でコルクを通して呼吸し発酵が進む.ウィスキーは発酵に時間をかけず,その後寝かす.既に発酵は終わっており,その後の熟成が重要になる.寝かすことにより分子レベルで水とのクラスタ化が起ったり,香りの成分が新たにできたり,そのような変化が起っているのではないかと思われる※※※.

※※※熟成中にH"OとEtOHのクラスタが形成され,これがまろやかさに関係するといわれているそうだ(参考図).


(e)ウィスキーの値段について
  ウィスキーの値段は年代ものほど非常に高価になることが不思議な感じがした(図4).その原因の1つは,ウィスキーは寝かせているうちに"神様の取り分"がドンドン増え,人間の取り分が減るためである.たとえば横軸に時間をとり,縦軸にウィスキーの残量をとると,30年も経つと製品として出荷するときには樽詰めしたときと比較して1/4か1/5くらいまで減ってしまうようである.原因の2つめとして,寝かせた資金の元利合計が考えられる.資金を借入金で調達する場合,ウィスキーを寝かせる時間を考えると元利合計は年数とともに指数関数状に増えていく.ここで大事なのは借入金利7%のとき総返済額は10年で倍になるという知識である.たとえば7%で借り入れるとすれば,10年ものに対して20年ものの総返済額は2倍になるし,30年物は4倍になる.このことから寝かす時間を考えると値段は指数倍になると見るべきである.量が減り,元利が増えていくのだから単位量あたりの製品原価はさらに強い指数関数状に増えていくことになる.たとえば,先ほど述べたように製品原価が最初1であったものは30年経つと8倍になると考えれば,製品が1/4に減っていれば32倍にならなければいけないことになる.普通のウィスキー1本(700-750ml)の売価は,10年ものに対して30年ものは約8倍にならなければ割が合わないということになる.山崎の値段は,4000,7000,18000円,25年ものは80,000円で,妥当な価格という気がする.一杯だけ飲ませてもらった(筆者だけは2杯飲んでしまったが)44年ものは何倍になるのだろうか? 1本の値段が50万円くらいになっているのではないかという気がする.どちらにしてもとんでもなく高級なものを飲んだものである.


(f)自分で作ったもの
 "発酵"は非常に興味深い.子どものころワインを作ってみたことがある.麦芽もつくったがあまりうまくいかなかった.何をすればよいのかわからなかったからである.甘酒は冬になる度につくっていた.これ以外にも白菜や沢庵を漬けて発酵を楽しむこともある.最近は時間がないためできずにいるが,また暇をつくってやってみたいものだと思っている.

前村氏がとても丁寧に案内し説明してくれたおかげで,サントリー山崎蒸溜所での見学は非常に充実したものになった.どうもありがとうございました.


【追記】
前村氏に本見学印象記を確認して戴いたところ,本文中に※印で挿入したようなコメントを戴いた.見学して自分なりに理解した発酵の工程では,加熱して温度を保つものと考えたが,実際は発酵による発熱を計算し,はじめの温度を設定するそうである.非常によく考えられていると感心した.


                                      

以上

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