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ニッチツ秩父鉱山見学印象記【2003/11/6】

工学院大学教授 畑村洋太郎
見学日:2003年11月6日(木)

2003年11月6日にニッチツの会長の五月女さんの世話で秩父の石灰鉱山の見学をした.当日ははじめ雨だったが午後は晴れ,見学にはとてもよい日和だった.秩父の山も紅葉しとても見事だった.西武の秩父駅で集合し,約一時間かけて三峰神社に行った.その後秩父鉱山まで行った.当日見たこと,考えたこと,感じたことなどを順番に記していこう.

秩父からニッチツの秩父鉱山までの間は国道を通る,雁坂峠を越えていく道だ.この道は甲州(山梨県)と関東平野とを結ぶ主要な国道であるが,長い間,地図上には破線で示され国道にする予定の道となっていたが,今では立派な道が出来上がっている.一番びっくりしたのは谷間を横切るループ橋である.スイッチバックのジグザグ道の代わりに谷間を大きく一周して高さを稼ぐ道だ.細い橋脚の上に細い桁が乗っているので,多分50メーターぐらい高さがあるのだろうと思うが,まるで細い木の桁の上に横木を渡したような感じで,そこを大きな車が通っていく.下から見るととても華奢だが,実際に走ってみると立派な道だ.こんなループ橋を通ったのは初めてなのでびっくりした.

谷間を走ること30分.大滝村の小倉沢というところにあるニッチツの秩父事業所(秩父鉱山)に着いた.マイクロバスを降りて最初に目に付いたのが,"簡易郵便局"と書いてある建物だった.事務所を兼ねている.今時郵便局がここにあってどうするのだろうと思ったが,そうだ,かつてはここに郵便局が必要なほど沢山の人がいたのだなと合点した.そういえば,ここで今働いている人たちの家が全部で8戸あるそうだが,少し離れたところに昔社宅があった部落があり,そこには32戸があるそうだ.そして駐在所があり,実際に警官が一人そこに常駐しているのだそうである.事務所とそちらの社宅をひっくるめ,昭和40年代の終わりごろ最盛期には3500人もがここに住んでいたそうである.今は石灰石を採掘しているが,かつて全盛期には金属鉱石を採掘していたそうである.谷間に建つ事務所は木造で少し柱が傾いたりしていたが,とても趣きのある事務所であった.11月の始めになるとかなり寒いので,ストーブをつけてくれていた.暖かさがとても有難かった.

もう40年も前になるが,大学院が終わって会社に就職する前にいろいろな産業を見ていこうと思い,ひとりで秩父セメントの工場を見せてもらいに行ったことがある.そのときの秩父セメント(これもやはり秩父にあった)の事務所の雰囲気とニッチツの事務所の雰囲気とが非常に似ている.秩父セメントでは,40年前当時でさえ木造のそのような事務所はずいぶん古臭いものに感じたが,生産現場には金を注ぎ込むが事務所には金を注ぎ込むべきではないという経営者の考えから古い事務所をそのまま使っているということであった.秩父鉱山も床は板張りで,なにかタイムスリップをしたような感じがした.そして周りの紅葉の景色とで,なんとも風情のある景色であった.

弁当を食べ,会社の概要と事業内容,また鉱山の構造などの説明を受けた後,実際に鉱山に入ることになった.ヘルメットを被り,長靴を履き,腰にバッテリーを着け,ヘッドランプを着けるとなにやら今から鉱山に入るぞという気持ちが湧いてきて,なんとなく元気が出てくる.電動のトロッコに乗ること1.4キロメートル,鉱山の軌道の終点まで行き,それからは歩いて中に入っていった.400メートルほど水平に歩いたように思う.このような石灰石鉱山で坑内採掘している場所は日本全国で3箇所程ではないかという説明であった.一つがこの秩父の鉱山,もう一つが東北地方,もう一つは中国地方の鉱山だという話であった.

約40年前に,これも今のうちにいろいろ見ておこうと思って行った新日鉄(当時は富士製鉄)の釜石製鉄所で実習をやった.そこで仙人峠の鉄鉱山を見せてもらったことがある.そのときの鉄鉱山は黒っぽい色をしていたが,ここではそんなに黒くない.そしてそのときの雰囲気に比べると遥かに明るくきれいなのにびっくりした.

25メートルごとに高さの違う位置に水平坑が作ってある.基本的な坑道の寸法は3メートル慱メートルで,最大で長さは120メートルだそうである.高さの違う坑道は1ピッチ25メートルの高さの差がある.この水平坑の脇に人が上下するための縦坑と資材を上下させるための縦坑がある.また,採掘した鉱石は上から順に落とし込んできて一番下でトロッコに乗せるようになっている.すなわち縦の穴は人道,材料の運搬,それに鉱石が落ちてくる三つである.人が上下するための穴は直径が2メートルくらいで,縦の梯子段になっている.30センチくらいのピッチで,数えてみたら23段だったと思うが,その階段が4段で25メートルを上り下りする.完全に垂直で両手両足を使って登るのだから面白い.見学に行った8人と案内をしてくれた五月女さん他4〜5人,総計12〜13人で歩いていった.これが梯子段を順番によじ登るのだから,もしも岩が透明だったとしたらずいぶん面白い蟻の行列になっていたのではなかろうか.

水平坑を歩いていき,採掘現場まで行った最初の印象は,とてもきれいだということだ.今までこんなにきれいな坑道や採掘場は見たことがない.石灰石がもともと白いからこのようになるのだろうが,もうひとつは多分粉塵の飛散をできるだけ小さくするような工夫をしているからではないかと思った.しかし足元に堆積している細かい粉はやはり粉塵で,非常に白いきれいな石灰の粉であった.

自然力の利用が面白い.鉱山の中では上に上がるのは機材と人間だけだ.その他のものはすべて上から下に落とすか,水平に並進移動させるかである.岩石の採掘にしても,下から穴を掘り上げ,発破をして崩したものは全部大きな洞穴に落とすような形にして,洞穴全体が上に上がっていく構造になっている.またひとつの穴を掘った後,横に進んでいく際も,少しずつ洞穴のほうに力が抜けて岩が崩れていくような発破の仕方をする.従って発破用の穴は水平方向に2メートルピッチぐらいで壁の中心から放射状にピッチ30センチで穴が掘ってある.面白いのは岩を一箇所に集める「あさがお」と言っている漏斗である.空間的に漏斗を作り,その下に全部集めるホッパーであるが,これも円錐形をしていて全部自然に下に落ちるようになっている.大きな岩を細かく砕くのは油圧を使うブレイカーである.音がうるさいが,昔見た空圧のものよりは遥かに音も小さく使い勝手がいいものに見える.運搬機械も掘削の鉱山機械も皆電動になっている.排気のことを考えてこうなっているのだが,ケーブルが自動的に巻き取られながら車が動いているのはなんともユーモラスである.何かおしりに糸がくっついた昆虫が動いているように見える.

排気方法にも自然力が利用されている.どこにあるのか知らないが換気用の縦坑があり,自然循環で空気が動くようになっている.トロッコの場所で不必要なショートサーキットで空気が逃げてしまうと掘削現場への還流がうまくいかなくなるとのことで,坑道をきちんと閉め切るような工夫がしてあった.岩石の動きにせよ,湧き出す水の処理にせよ,排気にせよすべて自然力を使っているところが面白い.そういえばもう10年以上前になるが本田技研の鈴鹿工場を見学した時聞いたが,本田宗一郎がプラントを視察すると必ず自然力の利用を勧め,自然力に逆らって,すなわち重力に逆らって製品や部品や道具が移動するようなことを厳に戒めよと言っていたそうである.自然力を使いながら賢くものを作るのが一番大事なことなのだと言っていた.ともすれば機械力に頼り,人工的なエネルギーを使って生産するのが当然のように考えている現今,このような自然力の利用という観点はもう一度見直すべきだろう.単なる省エネルギーまたは環境問題としてこれを捉えるのではなく,自然の摂理を使った生産方式はいかにあるべきかというところから全部を見直す努力が必要である.従来エネルギーが非常に貴重であった時期は,そのような生産に対する考え方が当然にされていたのに,エネルギーを投入し制御すれば必要な機能が実現できるというような昨今の安易な考え方は技術思想の退歩そのものであり,そのようなものに依存している生産方式はいずれ必ずしっぺ返しを受けることになると考える.

�坑道のところどころに古い鉱車,鉱石を乗せるバケツ車や,それのバッテリー車(機関車に相当する)が見学者向けに展示してあった.現在は大型のロードホールダンプを利用しての採掘になっているので,展示してある鉱車を使うことはもうなくなってしまったそうであるが,錆付いたこのような車を見ると坑道の中でものの哀れを感じてしまう.

粉作りの工場を見た.採掘した鉱石が運ばれ,坑内にある砕石機(ジョークラッシャー,これは見ることができなかった)で砕いたものが外部の工場に運ばれる.この工場は斜面を利用して配置してあるため,外から見ると山の斜面にへばりついたような工場配置に見える.この中でローラーミルが動いていた.石川島播磨重工業が設計しニッチツが自分の会社で作ったものだそうである.水平面内を回転する円盤の上に軸が水平なローラーが回り,その間に岩石が噛み込まれて砕かれるミルである.非常に単純な構造のものである.実際に診ることは出来なかったが,これで砕いて多分分級しているはずである.大きさが多分2ミクロンとか10ミクロンとかそういう大きさであろうが,そういった粉を作ってタンク車での出荷対象とならぬ製品については袋に詰めている.袋詰の重さは多分1個が20キロぐらいであろうが,ホッパーから落ちてきたものを吹き込み式袋詰機で詰めていた.一番古い形の錘を使った秤りで,手動で袋詰をしていた.このような作業は普通なら自動化するのであろうが,ここでは自動化せず人手でやっている.多分それが安くて正確なのであろう.詰める手つきを見ていると筒で袋の中に粉を詰め,そして袋の根元のところを振動させて中に詰めると適度に空気が逃げていき,袋の中に必要量が入り込む,そして錘の秤りを見ながらそれが丁度になったところでとめる作業をやっている.しかしこれを自動化しようと考えるのは多分意味のないことだろう.そんなことをするよりも,安くて,正確で一番具合のいいのは人手を使うことなのではなかろうか.

我々は何かというとすぐに自動化,自動化と考えるが大きな間違いなのではなかろうか.人手を使った人偏(にんべん)の付いた自動化,または人間の判断や技量が一番正しく生かされるようなそういう生産方式という考えでやらない限り,本当に効率がよく,儲かる生産工程は作れないというのがトヨタの生産方式を作った大野耐一の考え方である.この袋詰を見ながらそのようなことを思った.

粉の売値は1キログラム当り10円前後だそうである.そのうちの25%が運賃で,まるで運賃で製品を売っているようだという話があった.まことにその通りであるが,採掘といい,粉作りといいあまりに付加価値が低い.これで利益が出るということのほうが不思議で儲ける工夫が必要と思う.多分これだけの純度でいい材料が他にはないから基本的にはこれで利益が出るのであろうが,もっと違った形,たとえば粒度を揃えるとか,形を整えるとか,違ったものとの組み合わせで工夫をしない限り1キログラム当り10円の壁は越すことができないだろう.以前,五月女さんとキログラム当り40円くらいにまでできたらいいのにと言う話をしたことがある.多分,粒度を揃えること,または破砕法を新しくして粒子の形状をコントロールすることが必要なのではなかろうか.数ミクロンまたはミクロン以下の小さい粒子になると液体を使った化学的な造粒法が当然視される.もちろんそれはそれでいいが,機械的な手法でもっと粒度を揃え,細かくするようなものを考えるべきである.凝集力の問題その他が起こるが,私の考えでは多分,減圧,たとえば1/10気圧とかそういった減圧を使い粒子の空気中での沈降速度を高め,そこでの造粒ということを考えることで新しい破砕法が生まれるのではなかろうか.

雰囲気を変えるということは「創造設計原理」で言っている「第三場の付与」である.このようなものを愚直に考えてみることが必要なのではないだろうか.これを見たとき頭の中でもう一つ起こったのは,とにかく液体は使わないことである.しかし,何かの状態でプラズマ状態のようなものは使えるのかもしれないということを思った.プラズマについての知識がまるでないから分からないが,集塵機とかその辺で起こっているような粒子の帯電を使って,それの微小な反発のようなもののところに新しい破砕法のヒントがあるのかもしれない.

かつて大変に盛んであったこの採掘現場には従業員の宿舎がある.昔は小学校,中学校もあったそうである.もちろん病院もあった.3500人もの人が生活をしていたのであるから当然である.山の沢を越えた別のところの方が大きな集落になっているそうであるが,鉱山の事務所の上に向かって数100メートル上がったところにも宿舎群があった.そこに是非連れて行ってほしいということで連れて行ってもらった.ほとんどがゴーストタウンになっているが,かつて活発に生産活動を行った余韻があちらこちらに残っている.入口のところに独身寮があった.非常に立派な建物である.そしてそのすぐ向かい側に幹部社宅があった.そしてその奥のほうにずらっと集合住宅が幾重にも並んでいる.そのうちの一番入口に近いところだけが現在も使われていた.中に入ってみた.広さにして100畳敷きくらいあろうか,広い食堂の中にテーブルが2つだけぽつんと置いてあり,現在使っている8人程度の人が食事をするのだそうである.ストーブが焚かれていた.それから風呂場が使えるようになっていた.昔はその脇に購買部があり(今で言えば会社経営のコンビニである)こういったものがとても活発に動いていた時期がある.今はもう食堂と数人の宿舎以外は使われていない.ガラスの内側を見ると引越しをした後のダンボールや新聞紙のようなものがあちらこちらに積み重ねられていた.栄華は去った.

少し下ると谷の向こう側に小学校が見える.来客用と思われる独立した立派な建物が見える.あそこには来客が泊まったのだろう.小学校には体育館もある.もちろん今は誰も生徒はいない.会社の中で多少の試作をするようなときにだけ,小学校の一部を使うだけで,すでに全く機能が止まったままである.山にへばりついた社宅郡というのはかつて足尾銅山を見に行ったときにも見た光景である.特徴は山すその斜面にへばりつきながら,幾つも同じ形の家が軒を並べていることである.生産活動と集落の関係などいろいろ思うことが多い.

ニッチツは過去に行った採掘のズリ,鉱石の後始末をやりながら現在の活動をやっている.何もなければ過去の始末はやらないですむのに,過去の始末分の,言ってみればマイナスの遺産分の上に今の活動を行っている.何とも大変なことだ.多くの産業が過去の遺産の上に成り立って現在活動しているのであれば,過去に行った生産活動の後始末,例えば廃材や排水その他環境破壊の問題に対処するのは当然であるが,昔はそんなことが必要になることを考えずに生産活動をやったことを思えば,もともと生産活動の立案のときから生産したもののコストの何%か分は必ず後始末用に資本の形でディポジットしておくような考え方が必要ではないかという気がする.

以前見学した,神流川の揚水発電所,それから燃えてしまったダイヤモンドプリンセス号,超高層の建物の建築など,どの見学の際にも1立方メートルあたりの空間を作るのは約5万円ということに気がついた.皆が建てている住宅もほぼ同じになる.原子力の建物も同じだと聞いた.そして多くの場合廃材の処理は1立方メートルあたり1万円くらいがかかると聞いた.ここの鉱石も1トンあたりが約1万円で,これがバルクなので,もともとの真比重が2.6ということだから,かさ比重で半分になるとすれば,多分1立方メートルあたりが1.3トンくらいになっているのではなかろうか.そしてこのように考えてみると大体1立方メートルあたりが約1万円だと考えればいい.そうすると多分後始末のためにトン当たり500円から1000円くらいが必要になるといつも考えていないといけないのではないだろうか.石灰鉱山の最大の利点はカスがでないことである.ズリがない.金属鉱石とのときとの決定的な違いはここにあるのではないか.日本は昔は銅の資源が豊富だとされていた.今日本で世界に誇ることの出来る鉱石は石灰岩だけである.石灰岩は言ってみれば実質上無尽蔵にあると考えていいのではなかろうか.ニッチツの石灰鉱山のようなものがいろいろな工夫をしながら使い続けられることをとても期待している.

事務所に付属する資料室を見せてもらいたいと思ったが,古い宿舎や小学校を見るほうにまわって時間を使ってしまったため,資料室を見ることが出来なかった.とても残念である.またいつかチャンスがあったら今度は資料を丁寧に見ながら,いろいろと考えたいと思っている.

このようなとても豊かな見学の機会を与えて下さった会長の五月女さん,資源開発本部の本部長の竹下さん,それからその副本部長の湯本さん,また実際にいろいろと手配をし,面倒を見てくださった皆様に心から感謝をしている.有難うございました.

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