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「みどり2号」事故調査実見記【2003/11/18】

工学院大学教授 畑村 洋太郎
現地調査日: 2003年11月18日(火)

調査場所: 筑波宇宙センター

「みどり2号」が突然通信不能になる事故が起こり,結局使用不能と判断された.10月25日午前1時過ぎ(日本時間),それまで6KWで発電していた太陽電池の出力が約3分の間に順次100Wずつ低下し,ついに1KWの発電能力しかなくなってしまい,すべての観測機器からの送信ができなくなった.「みどり2」は今までに我国で作った人工衛星としては最大のもので昨年12月に打上げられ,正常に観測作業が続けられていたが,10ヶ月を経過したところでこの事故が起こった.「みどり2」の開発には480億円,搭載機器まで含めたこの観測衛星プロジェクトの総経費は740億円とのことである.

電源部がだめになったことだけは分かったが,電源部のどこがだめになったのか,なぜだめになったのかのかが分からない.このままでは既に打上げて稼動している他の衛星(8基)に同じことが起こりはしないか,目下打上げを計画している衛星(8基)に同じことを起こさないための対策をするにはどうしたらよいのかが分からない.そこで文部科学省は原因究明のための調査委員会を組織し,筆者にも委員就任が求められた.宇宙も電気も材料も全くのド素人である筆者に何故依頼がきたのだろうと多少いぶかしく思ったが,きっと失敗学的な物の見方の必要性が認識されたので声がかかったのだろうと勝手に決め込み,本当の理由は純粋な好奇心から委員を引受け,原因究明に参画することになった.

事故調査委員会では,今までの観測事実とそれから考えられる事象の説明があり,実物は宇宙にあり見に行くことができないので同等品(類似品)を見ながら,ああではないか,こうではないかと皆が考え始めたところであるが,このような事故の原因究明のやり方についていろいろと考えることが多いので,今自分が考えていることを記してみようと思う.特に原因究明の手法としては筆者は従来にない全く新しい方式を考えているので,その概要を紹介しようと思う.

今,宇宙航空開発機構(略称JAXA(ジャクサ))が行っている原因究明のやり方は起こった事象(観測されたこと)から想定されることがら(推定事象)を挙げ,それらが起こる蓋然性(起こりそうな程度)を検討する手法がとられている.この手法はFTA(Failure Tree Analysisの略,"失敗の木"の意味)と呼ばれているもので,失敗原因の究明には一般的に用いられるオーソドックスな手法である.衛星本体の電源部分は太陽光から電力を発生させる太陽電池を搭載した"折畳み屏風(びょうぶ)"とでもいうべき長さ約25mのパドル,折畳んだ屏風を送り出すための"折畳み腕"とでもいうべきブームを含むパドル駆動機構,起こした電力を集め観測機器や通信機器に電力を供給する"電源系"などから成っているが,今回の事故ではそれぞれの部分が何らかの故障があったとして全体としてどんな観測事実に結びつくかを考え,観測事実に到達できるものが起こったのだと考えようとしている.この考え方は一見すると論理的・科学的であると考えられるために,いつでもどこでも使われる考え方である.しかしこの手法には皆が知らず知らずのうちに陥る欠点がある.それは考えられる事柄(想定事象)が過去の経験と論理からだけ導き出されており,それまでに人々に認識されたことがない"未知の事象"や"あまりに当たり前すぎて見過ごしている事象"さらに"手順として当然やっているのだから起こるはずのない事象"などについては全く取上げられないし,検討もされないことである.今回の事故が仮に今まで開発に関係してきた人達にとって未知なこと,また起こるはずがないこと,などが起こっていたのだとすれば,今やっている原因究明の方法は全く無力である可能性が大きい.

とにかく実物を見なければ分からないということから筑波宇宙センターに行った.「みどり2」の実物はなかったが,以前に打上げた「みどり1」の部品や「みどり2」の同等モデルは見ることができた.

まず衛星本体はよく写真で見るように金色をしたフィルム(断熱フィルム)で覆われているが,その内側は遊園地のジャングルジムを大きくしたものにいろいろなセンサが取り付けられた構造になっており,いってみれば中身は空っぽであること,そこでも噴射ガスを含めると全部で3.8トンにもなること,太陽光発電をするパドルは厚さが2mmに満たないGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)に数10ミクロンの厚さの太陽電池が貼りついた構造のごく薄いパネルで10cm位の厚さの折畳み屏風になっていること,パドルを伸展させるには後ろにこれも折畳み式の三角マストを押し出し,パドルをピンと張るためにマストで引張っており,いいかえれば高さ25mの帆掛け舟のようになっていること,パドルを送り出す付け根の折畳みブームの中では,パドルから本体への送電のための電線は外径が2mm以下の被覆撚り線が最大で100本強が束ねられ,ところどころでくくられている構造になっていること,などを知った.

これらはすべて実物を見るまで筆者が全く知らなかったことで,こんな基本的なことを知らずに会議で配られる資料だけで全体像を作っていたらどんなことになっていたのかと恐くなった.筆者は工場や生産現場で起こっている真実を知るには,現地に行き・現物に触り・現人に聞く"3現"が不可欠と考えているが,今回もその意を強くした.

現地調査の後の検討会や事故調査委員会の議論を聞いているといろいろなことを考えてしまう.たとえば次よようなことだ.今はプロジェクトを立案・推進した人達が事故の原因究明をしている.一義的な究明にこれは不可欠であるが,より真実に近づくためには別の人達がしないとだめなのではないか.それは"うまく行かそうと働いている人にまずくなる道筋が見えるのか"という問いかけである.まずくなる道筋に気づいていれば計画の立案と実行の途上で当然対処していたはずであるから,当事者にとっては"お前の考え落しを自分で捜せ"と強要するようなものに見えてならない.正に論理矛盾である.その代わりを担う別の人としては興味と関心があり,しかもその技術の重要性が分かる人が最適である.チャレンジャー号の爆発の真相はノーベル賞をとったファインマンが明らかにしたのである.なおそのいきさつは"ご冗談でしょうファインマンさん"(岩波書店)の詳しく書いてある. 分野を超えた知識伝達と共有の必要性を痛感する.宇宙を扱う(こんな言葉が通用するのかしないのかは知らないが)ロケット屋や衛星屋がそれぞれ別々に発達し,独自の文化を作り上げ両者の"連携"はできても"融合"ができていないのではないか.一方での常識が他方での非常識となっていて,正にその領域で事故が起こる可能性が最も見落とされやすい.たとえば衛星屋は宇宙に行ってからの衛星の挙動には関心を持つが,打上げ途中の現象にはあまり注意を払わない,などということが憶測される.他分野の例でも建築の設計屋は出来上がったものについてはよく考えるが,施工途中に起こることには無頓着なことが多い,などと同類だろう.このような事態に対処するには自動車産業の一部で行われている"チーフデザイナー"の制度などが有効であろう.ロケットの例でいえばH2ロケットの燃焼室からの吹き出し事故はこの"チーフデザイナー"なら防いでいた可能性が強い. 原因探索手法の見直しを痛感する.経験(他国での実例を含む)と論理で原因を究明するやり方は正しいし意味があるが,いくつかの欠点があることを前にも述べた.原因推定手法の妥当性・真迫性(真実にどれだけ迫ることができるかの度合い)の評価が至急必要である.H2ロケット8号機のエンジンストップの原因は海から引き揚げた実物が見つかるまでに推定していたものと実物を拾い上げて分かったこととの差が大きいと聞く.その差を生じた理由を考察し,原因探索手法の見直しをすることが急務ではあるまいか."推測・憶測・山勘"を非科学的と一蹴するとき,真実への道は塞がれるのではないか.「みどり2」は宇宙からの観測という意味での役割は終った.しかし,日本の宇宙技術への貢献という意味についての役割はまだ始まったばかりである.せっかくやった失敗ならとことんしゃぶりつくそうではないか.

それではどうすれば真の原因を探し出せるのであろうか.筆者の提案は逆演算法の適用であり,そこで起こり得ると仮定する事象をハインリッヒの法則の援用で行うというものである.労働災害の発生確率についてのハインリッヒの法則は重大災害1件の後ろには重大災害にならなかったがヒヤリとしたりハッとしたという過程を通じ知覚されていた同種の潜在的事例が300件はある,というものである.この考えを今回の原因究明に当てはめれば,不幸にして電源遮断という事象が起こってしまったが,それに関連するような,いいかえれば電源遮断にはならなかったが,それになったかもしれない事例が300件あり,それは誰かの意識に上がっていたはずだ,と考えるのである.意識されたのにそれが生かされなかったのはなぜか? そのことを意識した人が今回の事故に関連するような事柄だと思わなかったり,余計なことを報告すると文句を言われたり,納期が遅れてしまうからやめておこうと考えたから,かもしれない.このような状態にある"潜在情報"を"顕在情報"にし,それによって起こる事象を順方向に継げてゆくことで最後に電源遮断に到達する道筋を探索するのである.

これに近いことは現在の原因究明でも行われている.しかしその究明がプロジェクトを遂行する組織によって行われ,しかも会議や討論の場で行われるので,それぞれの人は薄々感じていたようなことを口にすることができないでいるのである.自分自身でもはっきりとした概念になっていないので,ことばや図にすることができず,だから人前で口にすることができない.たとえ口にしたとても矛盾だらけで,他人から質問を浴びせられると窮してしまい,論破されてしまう.このようなことが日常行われているところでは,人々は薄々感じてはいてもいつも何も表出しなくなっている.従って組織全体としては,そのようなことは誰も気付かなかったことになっているのである.

筆者の提案は正にこの眠っている潜在情報の掘り起こし(マイニング)を行うものである.利害関係のないしかも信頼される第三者だけが,衛星の設計・製作・検査・打上げなどに関与した人に直接インタビューし,個々人の頭に去来した考えや感じを聞きとり,それらを括り,関連づけることで逆演算を完成させてゆくのである.

このようなやり方は今まで見たことも聞いたこともない手法である.しかし筆者が"創造とはどんなものか"というテーマで数十年にわたって考え,また大学の研究室や企業での創造性開発の試行の中でようやく出来上がってきた手法である.このような考え方が「みどり2」の電源遮断の原因究明に資することができれば筆者としてはこれに勝る喜びはない.

なお,筆者が今まで得に得た情報や実物に触ったりして得た感覚からすると次の2つの憶測が頭に浮かんでくる. 太陽のフレアから発した何らかの力が帆掛け舟の帆に作用し,帆にたるみとねじれの変形が起こった.帆の材料であるGFRPのうちヒンジ(ちょうつがい)の外端部に疲労破壊が起こった.疲労破壊による帆の切断は帆の外端から中心方向に伝播し,他端の一部を残して切れてしまった. 太陽フレアから発した電子の波が帆の上の太陽電池に異常な電力を発生させ電源系に異常な電流が瞬間的に流れた.電線を束ねたワイヤハーネスでは真空のため熱の放散が悪く,中心部の電線が高温となり被覆が破れてショートが起こった.一部の細線が切断すると,その周辺の電線に電流が集中し,順次電線が切断していった.

こんな憶測が事実に合っているかどうかは分からない.しかしできるだけ多くの関係者がこのようなシナリオを作るとき,それらの中に真実に近いものがきっとあるに違いないと筆者は考えている.

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