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「日経アーキテクチュア」記事

雑誌名 「日経アーキテクチュア」2004年3月8日号 p64−p67
コーナー名 図面トラブルの防ぎ方
表題 畑村洋太郎教授に聞く −詳細と全体を同時に設計する−

日経 BP社の許可を得て掲載 (許可書発行日:04/03/11)


■畑村洋太郎教授に聞く

詳細と全体を同時に設計する
――建築の分野では図面の不備を原因とするトラブルが増えてきています。原因はなんだと見ていますか。
  私の専門は機械工学ですが、私が書いた「失敗に学ぶものづくり」(講談社刊)のなかでは建築や土木のトラブルも分析しています。その経験をもとに失敗を招く図面の主な問題点を指摘してみましょう。
  まず、トラブルを生み出す構図として、発注方式の問題があります。建築や土木では、本来なら一社が短期間でつくれるものでも、期間や請負者を分割して発注することが多い。ただ、分割は請負者間の連絡の不徹底やスキルのない会社の参入を許すことになる。能率が悪いうえに安全でないものを生むことを助長します。
  また、建築では設計の分業化によって担当分野間に主従関係ができてしまうことも大きな問題です。例えば、意匠設計者が感覚的に「できるはずだ」と考えたものを、「このデザインを無理してでも実現するのが構造設計者の役割」といった見方で要求する。並列ではなく直列の関係で設計していることが、設計そのものに無理を生じる要因となっています。

――建築図面そのものについては、どんな問題があると見ていますか。
  建物の概略設計をまとめた図面と、詳細を記した施工図が別系統でつくられていることが、トラブルを生む大きな要因になっていると思います。
  機械工学の世界からみると、概略図面と詳細図面とがバラバラにつくられていることは信じられないことです。機械工学では全体の概略を決めてから詳細を決めますが、その後でないと製作にかかりません。詳細レベル生じた不具合が全体設計に影響を及ぼすことが多々あるからです。詳細が決まると全体も決まるのです。
  詳細を決めずにつくり始め、つくりながら詳細を決めていく建築のやり方は、不具合が発生した場合でも、場当たり的にしか対応できません。そうした詳細を描かない建築図面は、機械設計の立場から見れば、かなり"ぬるい図面"として映ります。
  実際の建物を知らない未熟な人が設計をするケースが多いことも気になります。施工時に資材は搬入できるのか、工具は使えるのか、職人の手は届くのかといった施工手順をまったく考えずに設計しているものが非常に多い。完成後の建物のメンテナンスについて配慮していない設計も目立ちます。設計者が本来、考えるべきことを考えずに設計を進めてしまい、最後は別の図面から流用したりして設計を終わらせています。
  実物をイメージできない人が、設計の帳尻をパソコン上だけで合わせているケースも増えています。基準の背景や狙いを知ろうともせずに、単に数値をクリアすることだけを狙った設計も少なくない。こうしたやり方では、単純な設計ミスを見落としてしまう可能性が高くなる。
  機械工学の世界では大量生産をするので、小さなミスでも命取りになります。そのため初歩的なミスを絶対に許さない風土がある。これに対して建築は一品生産であることを理由に、初歩的なミスがあっても許容する傾向があるように思います。
  設計者の仮想演習が不足していることも問題です。設計者は本来、状況の変化にどう対応するかをあらかじめ考えて、図面に想定した条件を記しておかなければなりません。しかし、建築ではこうした記述がなされていない。リスクヘッジの手法をどう考えたかを、誰が見ても分かるように図面に明示することが、トラブル防止には不可欠なのです。

検証システムが働いていない
――図面をベースにしたやり取りで気になることはありますか。
  建築では、詳細設計で発生した不具合を全体設計にまでフィードバックする習慣がありません。このため、ほかの詳細設計に情報が反映されません。ですので実物が完成するまで不具合に気付かないケースも発生する。分業化された設備設計の間の取り合い、あるいは構造設計との間での相互干渉のチェックも十分に行われているとは言いかねる状況です。
  機械工学の分野では、寸法や材質も含めてすべての情報を1枚の図面に描き込んで計画図というものをつくります。計画図は詳細まですべて決めた厳密な図面で、原則として変更が認められない図面です。そしてこの計画図を基にして部品図をつくる。さらに、この部品図だけをみて、実際に紙の上で実物がつくれるかどうかを検証します。組み立て図は、そうした部品図を統合する作業を通じて出来上がる図面で、検証作業をした証でもあるわけです。
  建築設計には、こうした紙の上で実物がつくれるかどうかを検証するチェックシステムがない。そのため、現場で付け焼き刃的に物事を判断して決めていく。施工段階での付け焼き刃的な対応は当然、図面と違ったものか、あるいは図面には描かれていないものになります。それをどんどん繰り返していくわけですから結局、図面が実物と一致しなくなる。図面に基づく施工はどんどん形がい化し、図面はあてにされなくなります。さらに、こうした現場合わせをした部分こそがトラブルにつながる。それは失敗学の分析でも明らかです。

――畑村さんの指摘を聞いていると、建築の図面のつくり方にはずいぶんと不十分な点がある。朱鷺メッセの連絡通路の崩落事故も起こるべくして起こったと思えてきます。
  朱鷺メッセの事故の詳細は知りませんので、断定はできません。ただ、失敗学の観点で推測すると、先ほど話した図面の問題や図面のやり取りのまずさが関係していると思います。

――建築界では朱鷺メッセの事故を衝撃的に受け止めています。
  それは、定常状態で事故が発生したことが大きな理由でしょう。建築や土木のトラブルは一般に、ものをつくる段階、つまり非定常状態で起きるわけです。ところが朱鷺メッセの場合は、完成後に事故が起きた。こうした例は非常に珍しい。設計や監理、施工に何らかの問題があっても、「完成してしまえばトラブルはまず発生しない」と確信していた人たちの考えを根底から覆す事故だけに、深刻な問題になっているのです。
  その意味で、なぜこうしたトラブルが起こったのかは徹底的に検証すべきです。損害賠償を巡って訴訟が提起されるのなら、法廷で失敗の原因と責任を追及することが大切です。この事故から学ぶべき教訓は数多くあるはずだからです。

設計者はとにかく実物を知る
――失敗学の視点から見た図面のトラブルを防止策を教えてください。
  まず一つは、機械工学の分野で採り入れられているコンカレント・エンジニアリングを導入することです。この手法は、設計者と製作者が最も初期の企画段階から一緒に設計を始め、全体も詳細も同時に設計していくものです。機械設計ではこの同時設計手法を採り入れることで、リコールを減らすことにつなげています。
  むろん建築や土木は規模や工費も大きいし、設計と施工を分離することで第三者性を担保するという考え方があるなど、機械工学と違った部分があることは承知しています。ただ、それを考慮しても、誰かが描いた図面を使って後から別の誰かがものをつくるという分離直列型の設計手法は見直した方がいいでしょう。多くの失敗は、この直列型の設計手法から生まれているからです。
  同等か同等以上の能力を持ち、かつ利害関係のない人がチェックするピアレビューというやり方も、設計の質を高める点で有効だと思います。機械工学の分野でも、形がい化した上司によるデザインレビューの代わりに他部署の人がチェックする方法が採用され始め、設計の質の向上という面で大きな効果を上げています。
  さらに、図面のつくり手は「三現主義」を徹底することが大切です。「現場に行け」「現物に触われ」「現人げんにんに会え」の三つです。これが今は「三ナイ主義」になっています。「実情を見ない」「現状の変化を考えない」「想定条件を探るために歩かない」です。
  三ナイ主義の弊害は、建築に限らず他分野にも共通して見られます。例えば、東京ディズニーランドのローラーコースターの事故も、マニュアル化が誘発した三ナイ主義が、事故を発生させたと分析できます。
  自らの描いた図面と社会とのつながりを強く意識し、事故が起きたときの責任の重さを日常から意識していれば、三現主義の大切さは実感できるはずです。図面のトラブルを抜本的に減らしていくには、この意識の転換が大切になってきます。

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